それを知ったのはほんの偶然。

何となく少しだけ、意外な気がして――――気になった。







静かに そっと さりげなく








「こーんばんわ、イルカ先生」
「あ、カカシ先生。―――お疲れ様です、今迄任務だったんですか?」

「ええ。――あ、これお願いします」
「ハイ」

いつものように、報告書を提出して受理判を貰う。
アカデミーと受付を兼任するイルカの列にカカシが並ぶのはいつもの事。手続きの合間に少しだけ自分の部下となった子供達の話をして、いつもならその場を後にする。


でも、今日は―――


「珍しいですね、イルカ先生が夜の受付に居るの」
「そうですか?あぁ、でも確かに久しぶりかな。以前は結構入ってたりもしたんですよ?」
「あ、そうなんですか?」
「ええ」


普段であれば、イルカの受付勤務時間は夕方がメインになる。
アカデミーでの授業如何にも左右されるが、それでも早くなることはあっても夜更けに及ぶことはカカシの知る限りは無かった筈だ。

「夜間の受付って、昼間と違って静かなんですねぇ…」
「そうですね。この時間にもなるとさすがに」

既に時間は夜半を過ぎて久しい。
時計の針はあと三十分もすれば日にちを跨ぐところまで時を刻んでいた。昼間の喧騒とはうって変わって、夜間の受付は秒針の刻む音すらも大きく響く。

「何かこういうの新鮮かも。
なんていうのかな、ほら、通い慣れた道でも時間が違えばその風景がガラりと変わって、まるで違う場所に居るみたいな感覚。ちょっと楽しい感じ?」
「フフッ、カカシ先生、子どもみたいなこと仰いますね。……でもその気持ち、少し分かるかもしれません」

小さく笑うイルカに、カカシも笑みで返した。

「子ども達は怖いって言うかも知れないんですけど、俺、結構好きなんですよね、夜のアカデミー。いつもと同じ場所の筈なのに、昼間とは全然違っていて。確かに暗くて静かで、ご覧のとおりあまり人の来訪もありませんから、子ども達が怖がる理由も分からないことは無いんですけど。



――――何でかな、少しだけホッとする…」




最後のソレはまるで独白のようで、カカシは敢えて聞き流した。


そして、何となく自分の感じた違和感が、
ボンヤリと形を見せ始めたような気がした――――――

























それは、昨日
無事任務も終了し解散を告げた直後の事だった。



「あーーーっ!!!」



「ちょっ、何なの?いきなり大きな声出して!吃驚するじゃない!」
「………」


突如として奇声を上げたナルトにサクラは勿論、サスケまでもが一瞬目を見開いてそちらを見る。

「サクラちゃんっ、今日って何日っ!?」
「だから何なのよ、突然…。25日でしょ、それがどうかしたの?」
「だぁぁぁ、やっぱり〜〜っっ!!」

この世の終わりが来るかもしれないと言わんばかりに大仰に頭を抱えるナルトに、サクラもサスケも意味が分からず首を傾げ眉を顰めた。そして、さすがにこの状況で自分だけがさっさと報告書を提出しに行くわけにもいかず、カカシもサクラやサスケ共にナルトの方を見る。

うー、とも、あー、とも取れる呻き声を上げる部下に、カカシは小さくため息をついた。
何となく面倒な予感がしなくも無い。

「どうしたのよ、お前。あんまり大きな声出したら近所迷惑デショ」

さて一体何を言い出してくれるのやら…。

しかし、カカシの予想に反して





「明日…、イルカ先生の誕生日だってばよ……
俺、何の準備もしてない……」





………。





「―――って、ソレが何でそんな大騒ぎになるのよ!?」
「ウスラトンカチ」

「んだとうっ!!」

「あー、ハイハイ。ストップストップ」

「第一、イルカ先生の誕生日明日なんでしょ?だったら、今から何か買いに行って明日渡せばいいじゃない」

「明日は……多分、イルカ先生夜勤だってばよ」

「お前、イルカ先生のシフトなんて知ってんの…?」


別にアカデミー教師の出勤状況は極秘事項でも何でもない。
イルカがナルトに直接教えた可能性だってある、しかし、それにしてはナルトの言い方が予測の範疇を超えていない体で違和感があった。



それは、素直な疑問。



そして――――







・+*+*+・







「ねぇ、イルカ先生」
「はい?」

カカシ以外の来訪者は未だ無く、深夜の受付所にはイルカとカカシの二人だけ。
秒針の刻む音が響く。

「昨日、ナルト達がお邪魔しなかったですか?」
「あぁ、はい。来ましたね」


結局あの後、異常なまでのナルトの落ち込みように不憫に思ったか、また相手がお世話になった恩師だからか、3人はイルカの為にそのまま商店街に向かったようだった。
ナルトの言うとおり、確かに今日イルカは珍しく夜勤で受付に残っていた。ということは、昨日のうちに何かしらを渡しているのだろう。


「あいつら、騒がしかったデショ?」
「そうですねぇ〜…、もう少し落ち着きっての、覚えてもらいたいもんですけど。でも、あの位の年の子達はあんなもんかもしれませんね。任務に取り組む姿勢は真面目なようですし?」

イルカが子供達の任務態度を知るのは担当上忍師が提出する報告書に起因する部分が多い、つまり、7班の場合はカカシのソレだ。
含みのある笑顔に、カカシは後頭部をカリカリと掻いた。

「そうですねぇ、もう少し文句の量が減ればこちらとしても嬉しいとこですケド。まぁ、ちゃんとやってますよ。アイツら」
「文句を言うのも、カカシ先生を信頼してるからですよ。知ってますか?子どもってのは、案外大人より人を見る目があるんですよ。心を開くから何でも言ってくれるんです。ま、良くも悪くもですけど」

「そんなもんですかねぇ〜…」
「そんなもんです」

「『先生』としてはイルカ先生のほうが大先輩ですし、大先輩が言うんだから、そうなのかもしれませんねぇ」
「ちょ、大先輩って何ですか?」

「だって、俺、下忍の部下持ったのあいつらが初めてですもん」
「だからって、大先輩って」




少しだけ困った顔をしてイルカがやはり、笑う。




「大先輩なイルカ先生に一つ質問してもいいですか?」
「何ですか?
……って、その大先輩は止めてくださいよ」




「いーっつもニッコリ穏やかに笑っている子って、どう思います?」

受付所には報告書提出者用にソファが用意されている。
カカシは背もたれに背中を預ける形で腰を掛け、ひだりて受付テーブルで席に腰掛けているイルカを見た。



視線がかち合う。



「そういう子が居るんですか?」
「うーん、俺が直接知ってる子って訳じゃないんですけど、ちょっと気になってまして」

「それだけだと、判断し難いですけど…。
そうですね、まず、沢山話をすることが大事じゃないかと思います。上っ面じゃなくて、子どもだからって思わないで、一人の個人としてちゃんと向き合って。
何の意図があって笑ってるのか、本当に楽しいだけなのか、それとも処世術なのか…見極めたいって事ですよね、要は」

「……まぁ、そんなところです、ね。きっと」











『イルカ先生ってば、何でか毎年誕生日は夜勤が当たるんだってばよ。
シフトだから仕方ないって、いっつも笑ってんだけどさ。でも、俺の誕生日は何だかんだで夜一緒に飯食ったりしてくれるから、出来れば俺だってイルカ先生の誕生日お祝いしたいから。
だから毎年一日前倒しでプレゼント渡してるんだけど……』

今年は任務と修行で抜け落ちていた、としょぼくれる金髪の部下をカカシは思い出した。










感じていた違和感が、徐々に形を形成する。
時計を見ればあと数分で終わろうとしている、『今日』

「―――イルカ先生」
「はい、何ですか?」

「ナルトから聞きました」
「はい?」










「お誕生日おめでとうございます」

「え?…ぁ!
―――ありがとうございます。もう、祝われるような年でもないですけど……」











「俺、不思議だったんですよ」

「カカシ先生…?」


「あなた、毎年誕生日はこうして夜勤いれてるらしいじゃないですか。ナルトにはシフトだから、って言ってるみたいだけど、そうそう都合よく誕生日に夜勤ってのもおかしな話ですよね?それに、ナルトの気持ちを汲めないあなたじゃないでしょう」

「……!」

「そんなに『家』に居たくないですか…?
ご両親と過ごしたいつもの家に居たくないから、あなたはあなたの生まれたこの日を、いつもとは違う『夜のアカデミー』で毎年過ごしてるんですか?」

「………」



「―――ねぇ、イルカ先生?
話をしましょう。沢山沢山、階級とか無しにして。あいつ等と一緒でもいい、いつもと『違う』場所がいいのなら、何もココで無くても良いじゃないですか。
俺に…いや、俺達にかな?イルカ先生の生まれてきた日をお祝いさせて下さいよ。
きっと、ナルトだって喜びますよ?」


「カカシ、先生…」

「ね?」


ニコリと笑うカカシに、
イルカの顔は笑顔を形成しようとして失敗したような、少し複雑な表情になる。カカシは初めてきちんとイルカの『感情』が伺えた気がした。
少しだけ、どこか満足げな自分。


何故だろう、この満たされた気持ち。






カカシがこの気持ちの理由に気づくのはもう少し先の話―――――









「イルカ先生、誕生日おめでとう」

「―――はい」























イル誕なのにブラックコーヒー無糖
みたいな話になった;;

20110421





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