あの日の思い出
それは遠い昔の話。
まだ小さくて何も知らなかった、怖いものなど何も無かった、幼い頃の記憶――――
「アタシね、大きくなったらお父さんのお嫁さんになるの!!」
ニコリ、と笑った少女を顔を思い出して、
その横で苦笑気味に笑った彼女を迎えにきた父親のことを考えた。
きっと嬉しさ半分照れ半分で複雑な心境だったに違いない。
でも、それと自分の父の心境とでは少し…いや、かなり意味合いが違ってくるんだろう、と
イルカはふとした瞬間に思い出した過去の思い出に苦笑した。
今はもうその想いは昇華されてしまっていて、その実、根底にあった想いは憧れだったのかもしれない、と冷静に考える事が出来るけれど。
でも、確かにあの時は好きだったんだと思う。子どもながらに本気だった。
※ ※ ※
「イルカくんは、大きくなったら何になりたい?」
「…え」
久し振りに父と母の仕事が休みで、イルカが両親にずっとくっついて回っていたその日。
職業柄、いつ召集がかかるか分からないけれど、それでも家族三人が朝からずっと揃うなんてことは珍しい。つい嬉しくて、料理をする母に寄り添ってみたり、巻物を呼んでいる父の膝の上に座ってみたり。
何てこと無いことだがイルカにとっては至福の時、しかし、突然の客人はやってきた。
仕事の話だったらどうしよう、立ち上がった父親の後ろでイルカは少しだけ不安になる。召集には式が使われることが多いが稀に使者が使わされることもあった。それによって休みが取り消されてしまった事も実は少なくない。父が呼ばれたり、母が呼ばれたり、ひどい時には両親一緒に。そんな時は、分かっているけど寂しくて悲しかった。イヤだ、という言葉がいつも喉まで出かかってしまう。でも、それが父や母を困らせる事にしかならないことはイルカも分かっていたから我慢した。必死で、我慢していた。
でも、
今日は違っていた。
イルカはほっとした。
何故なら、その人はイルカもよく知る人だったから。
玄関先で恐る恐る客人の姿を伺えば、陽に透かすとキラキラを光る鮮やかな金髪をフワリと揺らして、ニコリと微笑んでいた。
右手を軽く上げたかと思えば、こっちにこいと手招きをする。
その彼の前、立っている父を見れば面倒臭そうに頭を掻いていたのだがやがて彼同様、イルカを呼ぶように手招きをした。
イルカはコクンと頷いて二人に向かって走り出した。
かと、思えば二人の元にたどり着いた途端、有無を言わさず父親に抱き上げられる。
「とーちゃん…?」
分けがわからなくて首を傾げれば、イルカの大好きな大きな手でわしわしと頭を撫でられた。
くすぐったい感じがして思わず首を竦めるが、でも、その父の表情が笑っていたからイルカはされるがままになっていた。それに、イルカは父親の大きな手で撫でられるのが、母親の綺麗な手で頭を撫でられるのと同じくらい好きだった。
「―――で、何だよいきなり?」
「んー、別に。うみの夫妻が今日は珍しくお休みだって聞いたから顔出しに来ただけだよ、独り者の俺は暇だからねー…
―――こんにちわ、イルカくん」
「こんにちわ!」
視線をイルカの方に移して笑んだかと思えば、元気のいい挨拶に満足したのか陽だまりが更に深くなったかのように暖かく笑う。
イルカはその笑顔がとても大好きだった。
母よりも大きくて、でも父よりはほんの少しだけ細い気がするその手で頭を撫でてもらうのも……
「何言ってやがるんだか…まぁ、いいや。上がってけ、…ってもどーせそのつもりだったんだろうケドな。今日はアイツもいるし、今、昼メシ作ってるところだからお前の分も出してくれるだろうよ」
「あ、ホント?ラッキー、ご馳走になっちゃおうかな♪」
「よく言うぜ…最初っからそれを狙ってきたんじゃないのかよ。―――イルカ、母ちゃんに注連縄のおっさんが来たって教えてやってくれ」
「は〜い」
抱き上げられていたのを降ろされて、イルカは元気よく駆け出した。
そして、
「ちょっと、注連縄のおっさんてなんなのさ。俺、キミと年変わんないんだけど…?」
「イルカから見れば充分おっさんだろーが、お前も俺も…」
背後で聞こえるそんな遣り取りさえ楽しくて仕方ない。
まるでケンカみたいだけど、その実、2人はとても仲が良いことをイルカは知っている。ずっと小さい頃から、アカデミーで出会って以来の友人だと母が言っていた。詳しい事は分からなかったが、アカデミーを卒業してからスリーマンセルでもいつも一緒にいたからもう随分と長い付き合いになる、と。そして、その中には母さんもいたのよ、と小さく笑いながら言っていた。
任務を持ってくる大人は嫌いだけど、あの人なら毎日だって来てもいい。
ひっそりと胸の内でそんなことを考えながら、イルカは母に来訪者を告げる。
母は苦笑気味に笑ったかと思うと「教えに来てくれてありがとう、イルカ」とイルカの頭を撫でた。
突然の来訪者によって、家族が揃った食卓が更に賑やかになる。
たまにイルカには理解出来ない話がされたりもしたが、それでも笑いは絶えない。それがイルカは嬉しくて仕方なかった。独りで食べるご飯がとっても寂しいのを知っているから、だからこそ、沢山の人とご飯を食べるのは本当に楽しい。大好きな人たちに囲まれて、イルカは終始笑顔だ。
そして、そんな賑やかな昼餉も終わり父親の横でその身体に寄りかかるようにして、親から譲り受けた巻物を見ていた時だった。そんな質問を急に振られたのは…。
それまで一体何の話をしていたのか全然聞いていなかったイルカは目を丸くして瞬いた。
「…えっと?」
わけが分からなくて首を傾げるイルカの様子に、寄りかかっていた父親の身体が僅かに振動した。笑っているのだ、それに気が付いたイルカが父の方を見ると不意に身体が宙に浮いた。
「え?うぁ、とーちゃっ!?」
そして、収まった先は父の膝の上。
ポスンと座らされて、後ろを振り返るように見上げればそこにあったのは笑顔だった。
「イルカ、お前は将来何になりたい?」
繰り返される質問に、イルカは少し考えて…
「ボクね、大きくなったら…とーちゃんやかーちゃんみたいな忍者になりたい」
ニコリと笑った。
独りで食べるご飯は寂しいけれど、でも、里の為に頑張る父も母も大好きで、
沢山の友達がいる里が大好きで、そんな里だから自分もいつか、守りたい。父や母のように、そして、今目の前で笑んでいる人のように強くなって、自分もいつか…。
「そうか…、お前がそれを望むんなら俺たちはそれをちゃんと見ててやる。だから、頑張れ」
頑張れ、と言ってくれた父にイルカは元気よく頷いた。
でももう一つ、イルカには夢があった。
それは、
「そして、いっぱい修行して強くなって、―――おじちゃんをお嫁さんにするの!」
瞬間、空気が固まった。
正確に言うと、父親の空気が、だが。
「え?なに?イルカくん、俺のお婿さんになってくれるの?」
僅かに驚きに見開かれた目が弓なりに微笑み、イルカを見る。その笑顔にイルカは「うん」元気よく頷いた。
だって、近所のお姉ちゃんが言っていた。
「好きな人とは家族になればずっと一緒にいられる」と。とーちゃんとかーちゃんはもう家族だからずっといられるけど、彼は家族ではない。でも、一緒に居たいと思ったから、その為には家族になればいい。それがイルカの結論だった。
クスクスと笑う彼と固まったまま動こうとしない父。
自分は何かおかしなことを言ったのだろうか、と首を傾げるイルカに、やっぱり陽だまりのような笑顔で笑っている。
「そっかー、イルカくんが俺のお婿さんかー…。あー、でも、俺の方が一応大人だし、イルカくん可愛いから俺としてはお嫁さんに来て欲しいかもなぁ?」
「――おいっ!コラ、悪乗りすんなッ!!!」
父親の制止を振り切って「どう?」と尋ねてくるその質問に、イルカは首を傾げた。
密かに考えていたのはお婿さんになる事であって、お嫁さんになる事ではない。
「ボクが、お嫁さん…?」
「そうv」
でも、どっちがお婿さんでお嫁さんでも『家族』になる事には代わりが無い。
イルカはニコリと笑って頷いた。
「いいよ!ボク、おじちゃんのお嫁さんになる!」
「―――イルカッッ!?!?」
「うわ、ホント?嬉しいなぁ〜vv
じゃあ今日から俺とイルカくんは許婚ってことで」
「いいなづけ…?」
「うん。将来結婚する相手、ってこと」
「ちょっ、待て!ふざけんな!!誰がお前なんかにウチの可愛いイルカをやるかってのっ!!」
※ ※ ※
あの後、散々父親には考え直せ、と説得されて…
珍しく慌てるその姿が楽しくて仕方なかった気がする。食器を片付けていたのか、その辺りはさすがに覚えてないが何かをしていたのであろう母が部屋に戻ってきて状況を把握した時にはやはり苦笑していた。
本気と取っていなかったのかも知れないが、今思えばアレが一番まともな反応だろう。
「でもなぁ…あの時は多分それなりに本気だったと思うんだよなぁ…きっと…」
火影岩の上で、四代目としての就任を終えた彼はとても輝いていて本当に格好良いと思った。
でも火影に就任してもその絶えない笑顔は昔のままで…
その当時、既にその思いは憧れに形を変えていた筈。
イルカすらすっかり忘れていた記憶。
―――ま、それでも『お嫁さん発言』はさすがにいき過ぎだったかも知れないけどな……
幼い頃の突飛な自身の思考に思わず苦笑が漏れる。
「イルカせーんせ、なに独りで思い出し笑いしてるんですか?ヤラシー」
「…何ですか、いきなり…」
既に小慣れた遣り取りにイルカは突然背後に張り付いた気配にも動じなかった。
誰か、なんてのは訊くまでもない。自分に張り付いてくる輩などナルトを除けば該当者は一人しかいない。それに、ナルトはこんな抱きつき方をしたりしない。ナルトの場合のソレはもうどちらかというとタックルに近いのだから。
「ちょっと昔を思い出してただけです。暴露しますと、俺、実は昔許婚モドキがいたんですよ」
「えっ!?」
「…って言っても父親に猛反対されましてねー、結局うやむやなまま済し崩し的に無くなっちゃいましたけど」
「え?え?え?ちょっと待って、それってどういう意味!?許婚って―――」
「―――さってと、そろそろ帰ろうかな。アナタどうしますか?」
「いや、そりゃ一緒に帰りますけど。その為に待ってたんだから…」
「じゃあ、帰りましょうか。カカシさん?」
「あ、はい
――って違うデショ!イルカ先生ッッ」
慌てるその姿が昔の父の動揺とどこか似ていて、イルカは小さく苦笑した。
でも、カカシに教えるつもりは無い。
俺の初恋はアナタの先生だったんです。
「…そんなこと言えるわけないダロ?」
アンケートでご意見頂いていた四イル話
難しいなぁ四イル…。サスイル以上に難しい;;
今回はカカイル<四イルで書いたので
「道ゆき」と連動させない為に敢えて
イルカ父・母の名前を出さなかったんですけど
思い切ってオルカとイサナにしてしまった方が
良かったかもしれない…
性格のイメージはほぼ一緒なんだから
私はいつになったらカカイルのない
イルカ受が書けるようになるんだろう…
無理っぽい気がしてきたぞ;;
四代目の名前早く公開して下さい(切実
20050403