許容範囲
―――ピンポーン。
チャイムを鳴らすが反応は無い。
だが、確かに、間違いなく、そこにあるのは人の気配。
「……」
様子見も兼ねて、少しばかり待ってみる。
しかし、やはりというか何というか、動く様子は一向に感じられなかった。
まったくもぅ…
既に予想の出来ていた結末に、分かっていた事とはいえ思わず溜息が漏れる。
ゆっくりとドアノブに手をかけ、捻る。
ガチャリ、と少し錆び付いた音と共に、扉は安易に開かれた。
…やっぱり
忍びである自分達にとって、物理的な意味での施錠というものが大して意味を持たないことは分かっている。本気になれば、ちょっと した鍵の開錠なんてのはいとも容易くこなせてしまう。それは確かな事実。
でも、だ。
こう言うのは気持ちの問題だ、とカカシは常々そう思っていた。
すこしばかり無用心過ぎやしないだろうか。
忍びを生業としているのだからこそ、常日頃から、最低限でいい用心というものをして貰いたい。
里が概ね安全だろうと言うのは分かる。だがしかし、それはイコール『絶対』安全と言い切れる事にはならない。里外の任務に出て いる時よりは何倍も安全だろが、それにしたって最低限気にかけなければならない事と言うのはあるだろう。
しかし今の今まで再三注意したが、聞いて貰えた試しがない。
曰く、子供達が何か困った事があったり分からない事があったりした時に、すぐ入って来れるように施錠はしていない、と言うのだ。
確かにこの行為の根源にはそう言った意図もあるのかもしれない。
この事実を初めて目にした際、あまりの無用心ぶりに驚いて真意を問いただしたことがある。
更には事の真偽を確かめるため、今は自分の部下である彼の元教え子にさえ問うた。
そして返ってきた答えが…
『へ…?
あぁ、うん。そうだってばよ。いつでも開けておくから好きな時に来い、って。』
それがどうした、と言わんばかりのその言い方にその場で頭を抱えたくなったのは言うまでもなく。
教師としての示しはどうした、とすら思った。
しかし、その辺りは相変わらずのようで…
『いや、俺ンちはちゃんと鍵閉めて寝てるってばよ。じゃねーと怒るんだもん』
子供達に悪癖が感染してないことに僅かばかり安堵したのは幾許か前の出来事。
と、同時に絶対にコレだけが理由ではないというのも確信していた。
「単にメンドクサイだけ、っての絶対あると思うんだよねぇ〜…」
今や我が家同然、いや、寧ろ我が家以上に勝手知ったるこの部屋。
カカシは躊躇なく上がりこむ。
襖の奥の寝室。
確かにそこに存在する気配。
だが、それは気にも止めない。
今日は久し振りのオフだから気の済むまで惰眠を貪るつもりなのだろう、どうせ声を掛けたところで意味はない。一応、その辺りも考 慮していつもより遅めに家を出たのだが、どうやらまだ少し早かったようだ。
額当てを外し、ベストを脱いで口布すらも外して、真っ直ぐ向かうは台所。
確か、前に買っといた鮭の切り身がまだ残ってたはず…
既に家主よりも詳しくなって久しいこの家の台所事情。
記憶にある冷蔵庫の中身を反芻しながら、丹念に手を洗い、これまた手馴れた手つきで取り掛かるのは本日の朝食作り。
まず、鍋に水を入れて火にかける。
冷蔵庫から取り出した鮭の切り身はグリルへ。焼き上がるまでの間に副菜として作るは、ほうれん草の胡麻和えと卵焼き。ほうれん 草はさっと湯がいて煎り胡麻と和える。味を調え、冷めるのを待つべく置いておく。卵焼きは鮭が少し塩気が強いものなので、あえて ほんのり甘めに仕上げるつもりで砂糖を一つまみ。
温まったフライパンに溶き卵を流し込み、器用に巻き上げ出来上がり。
鍋に張った水が湯に変わろうとしているその時、ほうれん草と併せて乱切りにしておいた茄子を入れる。
…好きなメニューを作れるのは台所に立つものの権利だよねぇ〜
茄子に火が通るのを待って、下味つけて火力落として味噌投入。
溶かし終えたところで、鮭の焼ける良い匂いがカカシの鼻腔をくすぐった。
グリルを覗けば、良い具合に少し焦げ目のついた焼き鮭が。
……そろそろかな?
そうして視線だけで居間を伺う。
すると、案の定―――
襖の開く音と共に、
「ふぁあーぁ、…あ。来てたんですか、オハヨウゴザイマス」
「はい、おはようございます」
スウェット姿で現れたのは、正真正銘本来の家主である、―――うみのイルカ。
長い髪は少しボサついて寝癖でアチコチ跳ねていた。
「もうすぐ飯出来るんで、せめて顔位は洗っちゃって下さいよ?」
「はいはい」
まだ寝たり無いのか、しきりに目を擦りながら洗面所の方へと姿を消すその後姿を見送って、カカシは仕上げに取り掛かる。
アカデミーでの姿からは全く想像することの出来ない、その体たらくにも今やすっかり慣れたもの。
「はい、どーぞ」
「ドウモ」
然程大きくもない卓袱台に向かい合わせて座るのも、もう当たり前。
台所に近い側がカカシなのは言うまでもなく、それが当然と言わんばかりにイルカはその正面をいつも陣取る。
前日にタイマーでセットしていた白飯も良い具合に炊き上がり、いまや2人分の食器が当たり前に鎮座する食器棚から茶碗を取り出 して、少し多めによそってイルカに渡す。
全てが出揃い、カカシがそこに腰を落ち着けると、
「いただきますっ!」
イルカは小気味良い音を立てて手を合わせた。
コレもいつものこと。
「はい、おあがんなさい」
カカシの言葉が耳に入ってるかどうかはさておき、イルカはこの手の挨拶は絶対に忘れない。
――こういう所だけはしっかりしてんだよね、この人…
作り手からすると悪くない食べっぷりでどんどん箸を進めるイルカを眺めなら、カカシもゆっくりと食事に手をつけた。味付けは自分で 言うのも何だが悪くないと思う。周囲から言わせると少し意外らしいが、元々カカシは割と自炊する方だった。しかし、イルカと出会っ てそのスキルは間違いなく段違いのスピードで上達していった。
……この人の食生活に併せてたら、俺が倒れちゃうし。
出会って、
好きになって、
勝手に領域(テリトリー)に踏み込んで……
最初こそその酷い有り様に驚きもしたが、今ではそれすらも愛しい。
ゆっくり、少しずつ…
「この卵焼き…」
「はい?どうかしました」
イルカがふと箸を止める。
「いつもより甘い…」
「ああ。
ちょっと甘すぎましたか?鮭の塩気が少し強いので、今回は少しだけ甘めにしたんですけど」
「いや、美味いです…」
ポツリと呟いて、また何事もなかったかのようにイルカは箸を進めた。
「それは良かった」
少しずつ、少しずつ、領域を侵食して行く。
自分にだけ、晒される本来の姿に少しの優越感。
居るのが当たり前。
少しずつ、少しずつ、自分の存在をその生活圏に刻みつけていく。
「イルカ先生」
「………?」
「愛してますv」
「勝手に言ってろ」
なんかカカシがダメンズに
引っ掛かった人みたいになっとる;;
久し振りの短編がこんなんてどーなんだ、自分…
20110224