好きのおかえし
「イルカ先生の好きなモノを教えてください」
「……ラーメン?」
慣れ親しんだその気配を扉の前に感じて、出迎えるつもりで玄関のドアを開けば開口一番、そんな事を言われてイルカは咄嗟にそう答えていた。
普通、ここは「ただいま」が定石なのではないだろうか?等と思いながらも、でも、もう随分と長い付き合いになるこの銀髪の上忍に、そんなものを説いたところで何の意味も成さない事は充分に承知している。突飛な言動は今に始まった事ではない。
そもそもこんな関係になるに至った経緯も、言ってしまえばこの人の唐突な告白からだ。
『好きです、付き合ってください』
『………はぃ?』
何の駆け引きも無く、ただ真っ直ぐにぶつけられた気持ち。
変化球一切なしの、超速球ストレート。
申し訳ないが、最初は何を言ってるのか意味が理解出来なかった。
共通の教え子を介して知り合い、偶の機会に一緒に呑みに行くようになって、――こんな事を言ったら多分、ショックを受けるのだろうけど――イルカとしてはその当時、階級の垣根を越えた良い距離感を持った『友人』が出来た、と思っていた。
でも、どうやら彼は違っていたようで。
その後紆余曲折色々あったけど、結局こうして今に至る。
そして今置かれている状況に対して、不思議と後悔の念も無く。
「イルカせんせぇ〜……。
そこは、”あなたですよ、カカシさんv”――じゃないんですかぁ〜〜?」
―――もう、充分突飛な言動には慣れたつもりでいたんだけどなぁ……
明らかに気落ちしているソレに、イルカは胸の内で呟いた。
「……何なんですか、開口一番。
ていうか、『好きな物』って言われて『人』を引き合いに出す人なんかいませんよ。あなた『物』じゃあないでしょうに。下らない事言ってないで、ホラ、さっさと上がる!」
「はぁい、お邪魔しま〜す」
……全く。
久し振りだと言うのに、この人は一体何がしたいんだか。
「おかえりなさい、カカシさん」
「――はい。
ただいま、です」
いつまで経っても訳の分からない言動を吐く所は変わらなくて、一体何を考えているのか未だに分からなくなる事があるのに、それでもこういう時、この人は本当に嬉しそうに笑う。
イルカとしては何てこと無いない一言のつもりなのだが。
『おかえりなさい』
その一言に何度も救われたのだ、と。
別段、深い意味がそこにあった訳ではない。
でも、嬉しかったのだ、と。今までそんな風に迎え入れてもらった事など無かった、と。
イルカが少しだけ複雑な気持ちになったのは言うまでも無い。
しかし、そう話す顔はやはりどこか嬉しそうで……。
ほだされたと言うか、何と言うか。
「――ねぇ、イルカ先生」
「何ですか?」
「今から、ラーメン食いに行きませんか?一楽に」
「………」
やっぱり、唐突だ。
「どうしたんですか、急に。
一応、あなた今日帰ってくるって言うから飯の準備は殆ど終わってるんですけど?」
「え…?あ、そうなんですか」
「えぇ」
「……でもイルカ先生、一楽のラーメン好きデショ?」
まぁ、それは勿論好きなんだけど。
「あなた、いつも食べるなら俺の飯が良いって言うじゃないですか?今日に限ってどうしたんですか、もう俺の飯は要らないって事ですか?」
そんな事有り得ないんだろうな、と思いながらそれでもイルカは問う。
自意識過剰かもしれないと、それこそ付き合った当初は考えもしたが、長くなる付き合いと共にそういう思いは何処かへ消えてしまった。何度も何度も言われ続ける間に、刷り込みのようにイルカの中へゆっくりと刻みこまれていった、その想い。
「いやっ!そういうことじゃなくって!!」
案の定、慌てた風で。
「――じゃあ、一体どうしたんですか?
俺としては折角作ったってのもあるし、明日になったら明日になったで残って捨てる羽目になっても勿体無いので処理してしまいたいんですけど」
「うー…、俺だって本当言うとイルカ先生のご飯食べたいです」
「だったら何で、急に一楽に行こうなんて言い出したんですか?」
「それは、その…」
少し気まずそうに、視線を泳がせながら言葉を濁すその態度にイルカは黙って次の言葉を待った。
一体何を考えているのやら自分には知る権利がある。
「実は…」
そうして語り始めた内容は―――
ここ連日任務に明け暮れていて、すっかり今日がどういう日であるかと言う事を失念していた、と。
イルカがその真意を掴むことが出来ず「どういうことですか?」と問えば、遂に観念したのか気まずさからか後頭部の髪を掻きながら、ポツリポツリと話し始めた。
「……今日って、ホワイトデーじゃないですか。
先月、俺イルカ先生にチョコ貰ったし。本当はお返しに何か渡したいなって考えてたんです。でも、その後しばらく任務が立て続けに入っちゃって――って、これは言い訳にしかならないんですけど。何にも用意出来なくって…。それで、その…イルカ先生の好きなもの、何か、今からでも上げられないかな、と思って……」
―――あぁ。だから『好きなモノ』、か。
唐突な質問の影にそんな真意があったとは。
成る程、と素直にイルカは納得した。でも、と同時に思う。
唐突で突飛な思考のこの人は、偶に物凄くバカになるよな……。
仮にも階級的には自分の上司に当たる男なのだが、それでもそう思わずにはいられない。
他里にまで名を馳せ里随一と言われるこの男、その実力はさておき、私生活においてはイルカをよくよく驚かせ呆れさせてくれる。
全く、一体何をそんなに気に病んでいるのか。
確かに先月、チョコを渡したのは事実だ。でも、それは長年に渡り散々欲しい欲しいと言われ続けた結果の賜物であり、何となくもう上げないとコッチの気持ちが落ち着かないだけなのだ。お返しを期待したつもりは、正直無い。
その証拠にイルカはホワイトデーの事などすっかり忘れ、記憶の彼方へと葬り去られていた。
チョコを渡す事でこの人が喜ぶんならそれでいいか。――その程度の気持ち。喜んでくれれば、ただソレだけで良かった。
消え入るような小さな声で、「ごめんなさぃ…」と呟くその姿にイルカは小さく溜息をついた。
好きだ愛してる、って言う割にはまだまだ俺の事全然分かってないなぁ…
「――ねぇ、カカシさん?」
「……」
傍目に分かるほど気落ちしているその人の頬にそっと触れて、
耳元で囁くように語り掛ける。
「あなたがこうして無事に帰ってきた、それがホワイトデーの贈り物で充分です。
だって、―――アンタ、俺の『好きなモノ』、でしょ?」
いたずらっぽく笑ったイルカを、
カカシは、顔を真っ赤にして、でも心底嬉しそうに抱きしめた―――――
ふわ ふわり とは非連動
時期空いちゃってるし、別世界観で
当日にUP出来たら良かったんだけど
諸事情によりフライングUP
20110310