| 手負いの獣 |
| それはまるで野を駆ける孤高の獣。 殺伐とした、ピンと張り詰めた空気を纏ういつもとは違うその様子に、 イルカは無意識のうちに息を飲んだ。 事の起こりは数時間前に遡る――― 「イルカ!」 声を掛けてきたのは受付業務の同僚。 「ん?」 「お前、はたけ上忍と仲良いよな?」 「え…?」 はたけカカシ。 元教え子を介して知り合うことになった、里でも随一の忍び。 一体何をそんなに気に入られたのか、顔を合わせれば耳を疑いたくなるようなセリフを囁かれて。最初は戸惑いもあったものの、すっかり絆されてしまったのはいつのことか。 イルカはその名前に過剰反応しないよう細心の注意を払いつつ、 「あ、うん。まあ…」と曖昧な返事で誤魔化す。 しかしそんなイルカの懸念も余所に、相手は訝しがることも無く話を続けた。 「ちょっと、あの人に渡して欲しいものがあってさ」 「渡して欲しいもの?」 「ああ、数日前に申請があってな。 手持ちの起爆札・まきびしが無くなりつつあるらしい。支給要請があったんだ。 で、あのはたけ上忍だろう?いつ任務が入るか分からないからな、渡すなら早いほうが良いと思って。確か、今日か明日には任務から戻ってくる予定だろ、あの人」 同僚の言う通り、予定ではカカシは今晩中には帰ってくることになっている。 そうして彼はいくら遅くなろうとも自分のアパートに顔を出すだろう。それが常の日課となりつつあるから…。 イルカはカカシがいつも任務明け一旦自分の家に帰ることは知っていた。 任務明け、彼が家に来る時にフワリと香るのはシャンプーの匂い。 ……たまには、俺があの人のトコロに行くのもいいかもな…… イルカがカカシの家に足を運んだのは数えるほどしかない。 カカシの驚くだろう顔を想像して、イルカは小さく笑った。 「……イルカ?」 「あ、いや、何でもない。いいよ、俺から渡しておく ――って言っても、今日会えるかどうかは分からないぞ?」 「ああ、分かってるよ。でも、早い方がいいって言ってたし、お前の方が確実だろう。 頼むよ」 「分かった」 そうして、カカシ宅の玄関で待つこと数刻。 辺りを漂うのは噎せ返る程の血臭。 そしてそれを纏う人物の、普段からは窺えない冷たい刃のような気迫。 「カ、カカシ…さん?」 「………」 まるで、手負いの獣。 全ての気配に鋭敏に反応し、全く気を許そうとしない。 「カカシさん…」 これが、任務明けの上忍。 任務の容は極秘。中忍風情にその内容が知らされるわけが無い。 しかしいかに凄惨な任務であったかなどというのは、カカシの様子を見れば想像するに難くなかった。 「カカシ、さん」 イルカが一歩進む。 しかし、カカシはピクリとも動かなかった。 一歩。 もう、一歩。 徐々に縮まる2人の距離。 そして、 「―――お帰りなさい、カカシさん。任務お疲れ様でした」 「!?」 自分より僅かに上背のある身体を抱きしめてイルカが微笑むと、カカシの唯一覗ける瞳が微かに揺れた。 徐々に焦点が戻ってくる。その瞳に映る温かな闇色の瞳。 「イルカ、せんせ…?あの、どうして……」 「あなたの帰りを待ってたんですよ」 「え、でも…あの……」 「怪我はしてませんか?」 「あ、はい。大丈夫です」 「……良かった」 返ってきた。 駆ける獣ではない、彼が…。 獣にならなければ、心を殺さなければならないほど凄惨な現場。 それが痛い。 あなたは本当はすごく優しい人だから…… 俺の傍ではせめて――― 「お帰りなさい、カカシさん」 「はい。ただいま帰りました」 自然体で、笑っていて下さい。 |
20040819 UP