耳を欹てて





ふわふわと、まだ完全には覚醒しきらない頭で意識は夢と現のあいだを彷徨う。
しかし、その間にもあの人は慌しく動き回っていることはその気配で容易に感じ取ることが出来た。

最初はベットの軋む音。
あの人はいつも壁の方――俺の右側で眠るから、起きる時にはどうしても俺を跨がなくてはならない。僅かに顔に近付く気配の後、いつも困ったような嬉しそうな、いまいち判別のつかないような息が漏れる。時には髪に触れてくる事もあるその手はまるで彼の慈しみやまない生徒にやるそれとよく似ていて不思議な気持ちになる。
どこか温かくて、くすぐったくて、でも、少しだけ何か物足りないような…

寝室を抜け出したあの人は真っ直ぐに洗面台へと向かう。
時と場合によってはそのまま風呂場へ向かうこともあるが、それに付いての理由は敢えて言う必要も無いだろうから割愛。
水の流れる音をまどろむ意識のまましばらく聞き続ける。水音に紛れてたまに聞こえてくる鼻唄が何なのかは分からないが、それすらも心地よくて、ただただ聞き入ることもしばしば。

洗顔を終え、髭もあたれば、あの人は朝食の準備に取り掛かる。
ガスコンロに火のつく音。そして、慌しく開かれる冷蔵庫の扉。ああ、今日は目玉焼きなんだろうか、卵の割れる音がする。
ジュ、という焼き音と共にそのうち鼻腔をくすぐるいい香りがしてくる。電子ジャーが知らせる小さな機会音に、今日は機嫌がいいらしい、あの人の鼻唄がやむことがない。



そろそろかな?



なんて思ってたら案の定。



「……カカシさん、起きてくださいよ。朝ですよ?」

「んー…」



徐々に覚醒を始める意識の中に心地よく届く声に、返事とも取れないような声で返すのはいつものこと。もう少し寝てたいな、という思いと、早くこの人の顔が見たいな、と思うのとが拮抗する瞬間。



「ほら、いい加減にして下さい。あなただって任務あるんでしょ、俺一人で先に飯食っちゃいますよ?」

「それはイヤー…」



出来るだけ一緒にいたい。
可能な限り、ご飯とか一緒に食いませんか?

そんならしくもないことを言ったのは、俺。だって、本心だったから。



「じゃあ、早く起きて下さい」
「んー」

「ほら、早く起きて顔洗って来て下さいよ。俺、アカデミーに行く準備してますから…」
「はーい…」



そして、以来律儀に約束を守ってくれるこの人。
枕に顔を埋めたままでも、その気配が居間へと移動するのは容易に分かる。襖の開く音、普段は閉められるそれも今は開け放たれたまま。暗にそれは起きて来い、ということを示していた。




「あー…うぅー…」

取り敢えず、伸びをして、


「…何、呻き声上げてるんですか」


呆れ声に苦笑して、









「―――おはようございます、イルカ先生vv」









俺の一日は始まる。











もっと『音』だけで表現したかった

20050423 UP






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