ずっとずっと あなたと…








「……さむ」


里ではもう疾うに春を迎えている。
新緑が生い茂り、むせ返るような緑が香るそんな季節。


まるで別世界じゃない、
俺、あんまり寒いの得意じゃないのにさ…


ずり下がるマフラーを口元に引き上げ、胸の内でぼやく。
突然下された任務は里のずっと北に存在する某所への密書の輸送。
別段どこか敵対国に狙われているわけではない、内容だけ見れば然程ランクも高くない任務。にも拘らず、
自分が宛がわれたということは何かしらあるのだろうと、予測はしていたが……

舞い落ちる白いソレを恨みがましく眺め、


「今、5月よ…?」


小さくぼやいた。









          *+☆+*――*+☆+*――*+☆+*









『すぐ帰りますから、絶対絶対ぜーったい空けといてくださいよ!!』

突然の任務召集。
休みが潰れることはそんなに珍しい事ではない、
残念といえば残念だが、もう駄々をこねる年は疾うに過ぎた。

―――仕方ない。

しかし、彼の人はそうは思わなかったらしい。
眼前にグイっと顔を近づけてきて確認を取るその勢いたるや、まるで頭突きでもされるのかと思った位だ。

勿論、そんな事は有り得ないのだけれど。

どっちかっていうとあの人が顔を近づけてくる場合は頭突きなんて攻撃的なものじゃなくて…


「……って、ナニ考えてんだよ。俺……///」


脳裏を過ぎった想像に慌てて頭を振る。

どうにも思考が似てきたようだ。これはとてもよくない傾向。
口を開けば「好きだ」「愛してる」と睦言を並べ、隙あらば所構わず口付けてくる。場を弁えない困った、でも――――とても、愛しい人。

とても悔しそうに唇を尖らせてカレンダーとにらめっこをしていた姿を思い出して
自然と口角は上がる。

普段その布の奥に隠された感情は自分の前でだけ全て曝け出される。
嬉しくて、恥ずかしくて、でも周囲にはほんの少しだけの優越感。自分しか知らない、彼の本当の姿。

きっと今頃、躍起になって任務をこなしているに違いない。
任務内容は極秘に扱われる機密事項、故にお互いに話さないし訊かないのが暗黙のルール。それでも今回の任務は比較的ランクは高くないと言っていた、あの人のいう「高くない」が一体いかほどのものなのか、立場の違う自分には良く分からないのだけれど。

それでも絶対帰ってくると言ったのだから、その「言葉」を信じている。

待たせる側と待つ側、一体どちらがより待ち焦がれているのだろうか。
それは自分にも分からないけれど……



「アンタとの約束通り空けてあるから、――――早く帰って来い」



壁に掛かるカレンダーには大きな赤い丸が一つ。









          *+☆+*――*+☆+*――*+☆+*









それを見つけたのは偶然――――

無事に密書を届けて、里に向けてただひたすら駆けていた。
出来るだけ早く、あの人の元に帰りたくて。自分が還る場所は、あの人の傍らだから。

予想以上の天候の悪さに予定日数を少しばかり押していた。
でも約束の日までには意地でも帰りたくて、少しばかり無理をした。多少体力を要するが、用意された山道を通るより、道なき道を真っ直ぐに駆け抜けた方が時間的には短くて済む。

そして、最初こそ雪山だったソレは里に向かって南下していくにつれ、徐々にその様相を改め俄かに春色を醸し出す。
今年は共に眺める事の叶わなかった桜。初めて受け持つことになった教え子と同じ名を持つピンク色の小さな花が、「ソメイヨシノ」という品種だと教えてくれたのは、実は多方面に博識なあの人。さすがというべきか、その知識の見聞は思ったよりもずっと深く、度々驚かされるくらいだ。

本人は大したことではないと謙遜するばかりだが……。

傍に居ると自然と「四季」を強く感じる。
特別な何かをするわけではないのだが、あの人は普段の生活の中にそういうのを見つけ出すのがとても上手い。路肩のアスファルトから生え出たタンポポの綿毛で「秋」を見つけてみたり、空に浮かぶ入道雲から「夏」を見つけてみたり。垣根から飛び出した桜を見て「もう春ですね」と笑ってみたり……
それまで全く気に留めたことなど無かった事を、とても嬉しそうに、そして、楽しそうに話すから。
自分も感化されてしまったようだ。


「こんなの見たことない、な……」


眼前に現れた一本の巨木と、そこに映える鮮やかなピンク。
自分の知るピンクの花といえば教わった桜くらいしか知らないが、コレは自分の知る「ソレ」とは全然違う。
花が咲く、というよりはまるで木の実が生るかのように、枝に大きな花びらが折り重なって咲く様はまるで

たわわに実る―――――ピンク色の果実。

素直に綺麗だと思った。
今までの自分ならきっと足を止める事も無かっただろう、でも、今は……



―――――――見せてあげたい。



それはもう直感に近かった、
きっと喜んでくれる、そんな気がした。

持って帰えって見せたい、でも、手折るわけにはいかなかった。
それを彼は良しとしないから。在るべきものは在るべき姿のまま、あの人はいつもソレを望んでいる。


……どうしよう


少しだけ思案する振りをして、
でも腹の中ではもう答えは出ていた。





俺の脚なら間に合う。









          *+☆+*――*+☆+*――*+☆+*









「見せたいものがあるんですっ!!!」

真夜中に、息せき切って帰ってきたかと思えば、開口一番。
「ただいま」すらないその慌てた様子は、それはそれは珍しい光景で。一体何がどうしたのやら…

「どうしたんですか、そんなに慌てて…?」

戻ってきたら「おかえりなさい」と出迎える予定だったのに、
あまりにも唐突過ぎる事象に、自分もつい口からは全く違う言葉が飛び出していた。

「明日、一緒に出かけたい場所があるんです!」
「…え?いや、別に構いませんけど…」

明日明後日と2日間は、今目の前で珍しく少し息を上げている人物たっての希望で有給消化も兼ねての2連休。
それは既にお互いの共通認識のはずなのだが、何をそんなに慌てているのか。

「その……ちょっと、距離があるんで朝早い出立になっちゃうんですけど、イイですか…?」

ああ、成程。そういうことか。
既に時刻は深夜、これからだと寝る時間はあまり無い。
しかし、言ってしまえば任務中は短時間睡眠で見張りの交代などはザラにあること。基本、短い睡眠には耐性が出来ている。その事を分かっている筈なのに、こうして気にしてくれるその気遣いに少しだけ心が浮き足立つ。

「そういうことなら、別に構いませんよ。約束通り明日も明後日も俺、暇ですから。
ここ数日も誰かさんを待ってる間ずっと忙しくなかったので少し体が鈍ってたくらいです、丁度いい運動になるんじゃないですかね?」

小さく笑えば
本当に嬉しそうな笑顔が返ってきた。

ホント、誰だよこの人の感情が分からないとかいった奴……

「それより任務で疲れてるんじゃないですか?こんな時間なんで簡単なものしか出来ませんけど、それでよもければ何か作りますよ。食べます?」
「はい、いただきます〜!」
「――――あ、そだ。作ってる間に風呂もどうぞ。残り湯ですけど、追い焚きすれば入れるから…」
「はーい」

もう勝手知ったる我が家同然。
真っ直ぐに浴室に向かうその後姿を見送って、自分は冷蔵庫の中身を反芻しながら台所へ。

戻りが明確でなかったので、特にこれと言って何かを用意していたわけではない。
ただ、そろそろ戻ってくるんじゃないかなぁという予感みたいなものはあった。一人で処理するには若干多い、買い込んだ食材達はどうやら無駄にならずに済むらしい……












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20120526










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