約束
「綺麗ですね…」
その声に誘われるように横を見れば、愛しいその人がニコリと微笑んでいた。
カカシもつられて微笑み、彼――イルカを倣って空を仰ぐ。
ソコに見られるのは見頃に咲き誇る桜。
昨日の夜分から今朝方まで降り続いた雨の所為だろうか、花弁はしっとりと濡れていた。
「…もうそろそろ散ってしまうかもしれません。また、雨が降るようですから…」
桜はそれほど強い花ではない。
こうも連日の雨に見舞われてしまえば、残念ながらその花びらは美しい姿をはらはらと地に落とすことになるだろう。
少しだけ名残惜しそうに、濡れるそれと束の間に晴れた空を見上げ、イルカは呟いた。
「…そうですねぇ、ちょっと勿体無い」
「ええ」
今まで、そんなこと考えたことも無かったけど…、
と心の中で付け足して、カカシは何気なさを装って視線を桜から黒髪の彼へと移す。
イルカと出逢って自分は変わった。「殺戮」しかしらなかった筈の殺伐とした心はいつのまにか温かいもので満たされていく。
今までは知らなかった、沢山の感情に出会う。
「ねぇ、イルカ先生?」
「はい」
「持って帰っちゃいましょうか?」
「は…?」
意図が通じなかったのか、イルカが首を傾げる。
だって、このままコレを散らしてしまうのは勿体無いでしょう?
貴方はまだ、この桜を見ていたいのでしょう?
だから―――
「さすがにこの大木を持って帰るのは無理ですけど、枝の一本くらいなら…」
折れますよ?
ね、名案でしょ?、まるで子供のように
唯一伺える右目を弓なりにしてニコリと笑うカカシにイルカは困ったように苦笑した。
「駄目ですよ」
「え?」
カカシにはそのイルカの応えが意外だった。
だって、喜んでもらえると思ったから……
「だって、枝を手折ってしまったらこの桜が痛いでしょう?俺達だって、身体を傷つけられた痛いですよね、桜だって、というか、植物だって動物だって一緒です。やっぱり痛いんですよ。
それに、桜が散るのは仕方ないことですから。例え、ここで俺達が枝を持って帰っても必ず散ってしまうんです。だったら、ありのままの姿で居させて上げましょうよ。
見たくなったらまた来年があるし、その翌年だって桜は咲き続けるんです。だから…」
ね、と微笑むイルカに、今度はカカシが苦笑した。
本当に自分はこの人には叶わない。桜が痛がるなんて考えたこともなかった。
「――俺ね、約束破る人ってキライなんですよ」
「……?」
急な話題転換。
付いていけずにキョトンとしていると、イルカはそれを気にした風もなく続ける。
カカシを見つめて、優しく笑って、
「だから、来年も再来年もずっと一緒にここで桜を見ましょうね、カカシさん。
―――約束です」
それはあまりにも柔らかい笑みで、
「はい」
カカシはニッコリ笑って頷いた。
『来年も、再来年もずっと一緒に』
つまりはそういうこと。
必ず俺の元に帰って来て下さい。毎年、一緒に春を迎えて桜を見ましょう。
約束です。
『――俺ね、約束破る人ってキライなんですよ』
そう言って微笑んだイルカを見たのは去年の今頃。
……いや、今頃よりもうちょっと遅かったかな……?
移ろう意識の中、カカシはぼんやりと思い返していた。
既に自分の命令の半分も聞かない身体を引き摺って、それでもカカシは前へと進む。
帰らなくちゃ。
だって、約束したんだ。
来年も再来年もずっと一緒に桜を見るって。
だから、帰らなくちゃ。
あの人の元へ。
俺の還る場所はあの人の傍だけだから…
例えこの身体が散り散りに千切れても、腕を失っても、、足を失っても、この目を失っても、
身体という器さえ失っても……
ねぇ、俺は必ず約束を守るよ?
だからお願い。
イルカ先生、俺を嫌いにならないで……
お願い。
ねぇ、イルカ先生?
何か、ネタ的に「幸せ〜」と被ってるなぁ…
一応これで完結なんですが、こんなオチはイヤー!!
…という方はコチラへどうぞ
20040703