「忘却薬じゃな…。
イルカは今、一切の記憶を失っておる。忍びであったことも、何もかも、な…」




眉間に皺を寄せて呟いた三代目に、一瞬、何を言われたのか分からなかった。
混乱気味のイルカを何とか説き伏せてカカシが向かったのは火影邸だった。一体イルカの身に何が起こったのかは分からないが、このままでいい筈が無い。カカシの咄嗟の判断だった。

今、イルカは木ノ葉病院で麻酔を打たれて眠っている。

全ての記憶を失って何も分からなくなったイルカは精神を磨耗し疲弊しきっていた。しかも、彼は視覚までも奪われていた。暗闇の中、自分が何処にいるのか、何故この場にいるのか、自分自身が何者なのかも分からず…『己』という存在が崩れ去っていくその恐怖は想像さえ難しい。




「忘却、薬…?」

聞いたことの無い薬品の名前に、カカシは自然と呟くようにその言葉を舌の上で転がしていた。しかし、記憶には無い薬品の名前だった。

「読んで字の如くじゃよ」
「忘れさせるための薬って事ですか…?」
「―――そうじゃ。
その人物の記憶を掌握出来れば、それが最強の攻めにもなり、また、守りにもなる事は主でも容易く想像出来るだろう。重要な情報をもった人物なら尚更な。しかし、やはり人の記憶を掌握する事など無理なんじゃ。
今まで多くの里の研究員が挑戦し挫折した。
しかし、長年の時を経てある時、掌握は出来ずともその人物の記憶を消せる薬が生まれたのだ。その薬は余りにも非人道的ということでもう随分と昔に廃棄された筈じゃった。調合法も今はもう無い。……それを何故、イルカが―――」

「イルカ先生の記憶は元に戻るんですか!?」

「分からぬ」
「分からないって、そんなッ!」

思わず声を荒上げるカカシに三代目は苦虫を潰したかのように顔をしかめた。

「…仕方あるまい、それが事実じゃ。
記憶というのはそもそもが曖昧で、脳という器官はとても繊細に出来ておる。外部からアプローチして如何にかなるかと言われても、わしには答えられん。戻るかも知れんし、戻らぬかもしれん……」

「……ッ!」

「―――しかし、今、イルカの抱えている視覚障害については時期がくれば徐々に見えるようにはなるじゃろう。薬の副作用による一過性のものだろうからな」

「でも、記憶が戻らないんじゃッ!」

「……分かっておる。
しかし、こればっかりはどうしようもならんのじゃよ、カカシ……」

まさか、こんな事になるとは思わなんだ。

幼い頃からイルカのその成長を実際の子や孫のように見守ってきたのだ、三代目とて胸が痛まないわけがない。声色に滲む遣る瀬無さに、本当に手の打ちようがないことが如実に感じとれて、カカシも口布の下で唇を噛んだ。








まさか、
まさかこんな事になるなんて…


だって、あなたは言っていたじゃないですか。
「すぐ帰ってくるから」って。正面入り口まで見送りにきた俺たちに向かって…


ナルトに、サスケに、サクラに、――――笑ってたじゃないですか。








ねぇ、イルカ先生?













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視覚障害及び記憶障害についての
知識が追いつきませんでした…
不適切な事書いてたらスミマセン;;;

20050114